改めてびっくり!ヴェルサイユ宮殿の鏡の廻廊

ヴェルサイユという土地に初めて狩りをするためにやって来た国王は、アンリ四世でした。

その孫であるルイ十四世が当時ヴェルサイユにあった狩猟用の館を1630年から豪華な宮殿に改築し、1682年にはヴェルサイユをフランスの首都にしてしまうまでになりました。

ヴェルサイユ宮殿は、一人の国王が築いた最も贅沢な宮殿です。

鏡の廻廊は昔はテラスだった?!

フランスのヴェルサイユ宮殿の鏡の廻廊は、元々テラスだった所です。テラスから造園家ルノートルの素晴らしい庭園が見渡すことができたのです。

庭園については、ルイ十四世自らが「庭園鑑賞の手引き」という本を書いた程でした。その本によると、先ずは大理石の庭からテラスに出て、その石段の上から水の前庭と動物の小部屋を見なければならないなど、何時間あっても足りない鑑賞のルールが書かれています。

鏡の廻廊建設には、当時の一流芸術家の協力を得て、建築家サンサールと画家ルブランが当っています。

これ以前の建築に見られるように、古代の神々、英雄を賛歌するのではなく、ルイ大王の軍事、政治面での勝利をモチーフにしているのが特徴です。

戦の勝利を称える装飾

工事は、1678年に始まり、1686年に完成しました。両端に戦争の間及び、平和の間を従え、王と王妃の内殿を結ぶ役目も果たしている廻廊は、ヴェルサイユの代名詞ともいえる場所で、当時から既に全ヨーロッパに誇る装飾芸術の典型でした。

戦争の間は、ルイ十四世の執務室でした。コワペルの描いた天井画は、ジュピターが描かれていますが、実際にはオランダ戦争の時、、神聖ローマ帝国、スペイン、オランダの連合軍に勝ち、ニメーグ条約で平和を得たことを表しています。

この遠征中、ルイ十四世の最も輝かしい軍事行為は、ライン河を渡ったことで、コワズヴォクスの化粧漆喰の彫刻にルイ十四世を古代の英雄に仕立てた姿を見ることができます。

鏡の廻廊の天上にルブランが描いたのもルイ十四世がフランドル帰属戦争からオランダ戦争に至るまでの戦いを描いたものです。

廻廊は、アーケード型の17の鏡に対して、17の窓が庭園を望むように並んでいます。鏡と窓を囲むように、ピレネー産大理石の壁柱があり、その柱頭は古代様式を倣ってルブランがデザインしたものです。

まとめ

鏡の廻廊の天井に下げられているシャンデリアは、昔は常に吊り下げられていなかったとされています。何故なら、天井画を鑑賞するのに邪魔になったからです。鏡の廻廊では、特別謁見、舞踏会、賭け事などが行われていたとされています。